<災害支援のご参考になればと全文を公開いたしました>
アメリカの臨床心理のパイオニアの一人 Callahanが 70年代の終わりから新しい心理療法の研究を始めた.
それが,Thought Field Therapy(TFT;思考場療法)で,心理療法の分野では全く新しい画期的な手法である.TFTの登場で,体のエネルギーに働きかけるエネルギー・セラピーが米国で数多く誕生したほど,心理治療に新しい視点をもたらした.
TFTは,東洋医学と科学を統合させたアプローチである.西洋はもともと心と体は別のものとしてとらえ,心の科学を心理学という一分野の領域として発達させてきた.一方で,東洋医学は心と体は一つであるという「心身一如」の考えを基本とし,疾病を「心身相関」として捉えている.人を大宇宙の中の一つととらえて,人体も小宇宙であり,自然界のすべてのものと対外に関連し,影響しあっているという考えを基本にしているため,病気の原因・症状・体質・精神状態を統合的に捉え,治療も全身の調整に重きをおいて行われる.
Callahanは,東洋医学の中の体のエネルギー(気)の視点から,経絡に作用させて症状を改善させていく方法を応用し,心理的問題に対する治療を科学的に発展してきた心理療法に融合させた.
TFTの応用範囲は非常に広く,専門家の臨床だけでなくセルフケアとしても適用可能という,心理学の分野では非常に稀有な手法である.また,経絡のツボを指でタッピングするという簡便な方法で,恐怖,不安,緊張,悲しみ,怒り,強迫,抑うつ,パニックなど,広範囲な心理的問題を軽減させていくだけなく,身体的な違和感,疼痛にも作用する.シンプルな手順は数分でできる上に,副作用がないという便利なツールである.
近年,ストレスによる疾患が急激に増えており,ストレスは心理的な問題や医学的な問題を悪化させている.
医療や心理の臨床では,治療が困難だとされてきた恐怖症やトラウマに対して,TFTは非常に短時間で高い効果が得られるところから実践的な方法として広がってきており,深刻なケースへの応用も行われている.
一方で,心理療法やカウンセリング以外の分野で,ストレスや不安に対して,TFTを手早く使うことも可能である.医療現場で看護師が患者の不安に対して使ったり,学校で先生が生徒の不安や恐怖に対して使ったり,身体的な問題を扱う整体師が,怒りや悲しみに起因していると思われる疼痛に対して,TFTで感情解放を行うのだ.
また,一般の人がセルフケアのためにいつでも気軽に使えるようセルフケア・プログラムも作られている.
TFTセラピストはそれぞれの専門分野で TFTを使っている.東洋医学が心身一如と考えているように,メンタルケアは医療や心理の分野だけではなく,どの場面でも必要になるが,一方で,医療や心理の専門的なケアにも適用でき,両面での応用を援助するツールの一つとなりえるのがTFTで,日本 TFT協会はそれに関わる援助職のネットワークでもある.
TFTの活動は世界に広がっている.特に,海外の活動ではボランティアでの人道支援が継続的に行われており,TFT協会での活動だけでなく,他の援助組織との連携活動も年々増えている.
大規模な事件との関わりでは,1998年,ナイロビのアメリカ大使館がテロリストにより爆破され,300人近い死者,5000人以上の負傷者を出した際に,体の痛みと深刻な恐怖に苦しむ負傷者に対して Edwardsが TFTを行い,著効した事例が紹介されている(Callahan,2001).
テロのような大事件へのボランティア活動は,その後,2001年の 9.11同時多発テロ事件や 2004年のロシア学校占拠事件にも行われている.
2000年から TFTチームが 5回に分かれてコソボ地域に入り,内科医たちと完全に破壊された山村を周り,紛争に対するトラウマ治療を行った.
Johnson, Shala, Xhevdet, Odell, and Davishevci(2001)の研究調査によると,105人のつらい体験(合計で 249個のトラウマ)に対して TFTを行い,103人(247個のトラウマ)に改善が見られた.そのうちの 76%への追跡調査を数ヶ月後に行ったところ,全員に再発は見られず,少なくとも 76%には再発が見られなかったことが報告されている.
2006年に TFT協会(米国)のトラウマ・リリーフ委員会(TRC)によるボランティア・チームが,他のボランティア団体とともにルワンダの ElShaddaiにある孤児院での人道支援に参加した.
ルワンダは,1994年までに民族同士の内戦,大虐殺,エイズ,そして蔓延する病気と貧困に苦しんでいる地域で,子供たちは,悪夢,フラッシュバック,80万人もの大虐殺の恐怖,夜尿症,抑うつ,ひきこもり,孤立,集中力・落ち着きの欠如,攻撃的などの症状を呈していた.
一行のミッションは,「TFTを用いてトラウマの傷を癒すこと,ルワンダ人とコンゴ人に TFTをトレーニングし,同志の過去の傷を癒す援助ができるよう,また強く,平和で,健康的な国家に前進する援助,そしてルワンダに癒しと安定をもたらす援助をするため」.
食料や工具,ミシンなどの技術支援,教育支援の必要性のアセスメントのほかに,TFT協会は内戦や大虐殺によるメンタルケアを担った.
あまりに残酷で悲惨な体験を次々に施療者も通訳も聞かされることから,彼ら自身も二次的トラウマ(間接被害)を受けないよういっしょにタッピングしたり,セルフケアでタッピングしていた.
TFTにはこのようにサポートする側もセルフケアとして使える特長がある.ルワンダでの PTSDプロジェクトは,2007年ボストンにおける TFT協会のカンファレンスで報告された.
父親に「思いっきり早く走れ.そして何があっても決して振り向くな」と言われ無我夢中で走った 15歳の少女.しかし,彼女は背後に父親の悲鳴を聞き,振り返ってしまったのだ.彼女はそのフラッシュバックにずっと苦しんでいた.
悲惨な出来事を思い出したくなかった子供たちの緊張してこわばった表情がどんどん和らいで,つらかった出来事を語れるようになったシーンがビデオで公開され,時折涙ぐんで言葉を詰まらせる発表者に会場から惜しみない拍手が沸き起こった.
10代の戦争孤児の言葉である.「TFTでぼくの怒りが楽になりました.TFTはぼくの人生を変えてくれて,怒りに振り回されないようになりました.ぼくの人生は大きく変わった……ぼくは他の子たちから自分を孤立させていましたが,この問題も変わりました.ぼくは,他の子と関わらないようにもしていましたが,TFTをしてから,他の子たちと自分から関わるようになったり,いっしょにいられるようになりました.ぼくは,
話しかけられるのもいやでした.誰かにいやなことをされると怒りでいっぱいになっていました.でも,もうそういった問題で,自分がわからなくなってしまうことはもうないのです.本当に人生が大きく変わりました」 .
1年後にTFTチームは大虐殺記念日にElShaddaiを再び訪れた.すると施設は,子供たちによってとても清潔に保たれており,野菜や木が育てられ,食事には野菜が多く並べられるようになり,余った野菜は市場に売られ,1年前には全く見られなかった光景があった.子供たちからフラッシュバックも悪夢も激怒も消えており,自分たちでタッピングする姿も見られたのだ.
子供たちの教員からは,PTSDの症状がなくなり勉強への集中力が出てきたこと,夜尿症や攻撃的な行動,集団からの孤立や抑うつが著しく減少し,自己評価や自信が高まってきたという大変うれしい報告がなされた(Oas, Connolly, & Sakai, 2007, October).このような人道的支援は,PTSDプロジェクトとして現在も継続している.
2005年8月末,大型ハリケーン・カトリーナがアメリカ南部ルイジアナ州,ミシシッピ州を襲い,ジャズの町ニューオーリンズは 8割が水没した.ルイジアナ医療センター・ニューオーリンズ(MCLNO)から TFTのサポート要請があり,2006年 1月,TFT協会からトラウマ・リリーフ・チームが現地に派遣され,医療センターのスタッフや現地の専門家,ボランティアを含む援助スタッフ 100名以上に TFTのトレーニングを行った.
まだ,多くの人が避難している状況で,物資も不足していて,現場は混乱しており,援助スタッフもそれぞれの仕事で手一杯で時間が取れないため,状況に応じて小グループに分けて,短時間で1日にミニワークョップを何度も繰り返し行い,スタッフが交代で TFTを学び,それぞれの現場で活かしてもらった.その実績と効果が認められ,TFTグループはその後も再びニューオーリンズへの援助を求められた(Baladerian, 2008).
この支援がよいモデルとなり,緊急支援のためのワークショップが,緑十字や Figley研究所との協賛で英国でも行われた.
日本 TFT協会も海外の大規模な援助活動を参考にして,2007年に起きた長崎県佐世保市の銃乱射事件の際に,地元にて専門家向けの緊急支援用トレーニングを行い,スポーツクラブ・ルネサンス社の従業員のメンタルケアを早期に行い,1ヵ月後の再開には全従業員復帰の一助となった(森川他,2009a).
米国の警察官や消防士に関する調査では,同僚の殉職があると離職する人が増えることがわかっている.そのような状況への援助として,同僚への悲しみ,仕事の不安や恐怖などのメンタルケアに TFTを活用するためのワークショップが行われている.日本では,この分野での大規模なワークショップはまだ行われていないが,警察署の被害相談や役所の心理相談,児童相談所などでもTFTが活用され始めている.
TFTの活用は,このような災害や心的外傷への援助だけに限っていない.TFTは,能力の向上にも応用されている.TFTで「心理的逆転(PR)」と呼ばれる現象が起こっていると本来持っている能力がうまく発揮できないため,「PR」のポイント(手のひらの横の真ん中あたり)を 15回ほどタッピングして,この逆転を修正する.米国の学校で TFTを生徒に使っている教員が,テストをする前にこの PRポイントをタッピングしてもらうと凡ミスが少なくなると報告されている.
2007年,札幌市の公立中学校でも PRの効果の研究が行われ,中学 1年生 93名に PRタッピングを行い,テスト前後でデータを比較したところ,何も行わなかったグループは,関係のないポイントをタッピングしたグループよりも正解率のアップが見られ,PRタップが集中力や処理能力を高めるという結果を示唆した.研究者は,「タッピング前のテストよりもタッピング後のテストの方が時間が長く感じられた」「タッピングしただ
けで正答数も解答数も上がって驚いた」など効果を実感した感想が生徒たちから得られたと報告している(河岸,2009).
医療現場では,102名の看護師に TFTで職場でのストレスケアを行った研究がある.森川・山下・福井(2009b)の研究によると TFT前後と 2週間後のフォローアップで解析し,統計的有意が見られ,特に特性不安に著しい効果が見られた.
さらに,内科や外科の病棟でも,手術前の不安に対して,看護師が患者に使用してもらったところ,著しい改善が見られたという臨床報告がされている.
海外では,心臓発作,癌,多発性硬化症,高血圧症などに応用された症例が報告されている.
TFTは,心理的な問題だけでなく,身体的な問題そのものにも焦点を当てられるところから,医学的な治療,理学療法,リハビリテーション,整体などとも併用して使われており,これからさらに応用が増えてくることが予想される分野である.
最近は,HIVやがんの補助治療としての応用例の報告が増えている.1990年に HIVに感染していると診断されたHanson(2002)は,T細胞がたった 30しかない(正常値は800~1100)ことがわかりショックで抑うつとなった.
その後,ウィルスがこれ以上進行しないようエイズ・カクテル療法を行ったが,吐き気,嘔吐,下痢,慢性疲労,深刻な胃痛,コレステロールの激増,動脈プラークなどの副作用に苦しみ,コレステロールの増加や体重の激増で身長 172cmで体重は145kg となった.2001年,Hansonは狭心症となり,ステント移植で狭くなった心臓の冠動脈を広げる手術を行い,胸の痛みはなくなったが,数日後に心臓発作を起こしてしまった.
それからまた AIDSの治療に戻り,言葉にはできないほどの副作用のつらさに耐えていたが,改善はとてもゆっくりだった.そのころ HansonはTFTに出会い,これらの副作用を改善した.Hansonの HRV(心拍変動:心臓の突然死の指標であり,心筋梗塞の予後研究で 24時間測定した心拍変動が 50以下の患者は突然死のリスクが高くなる)は 6であり,それを TFT直後には 3倍の 18まで改善した.
その後,Hansonは TFTのセルフケアで食生活のコントロールを行い(依存的衝動の改善),体重を落とし,コレステロール値を健康的なレベルに戻し,心理的なストレスから副作用の軽減まで TFTでできることをすべて行った.2002年の10月には,少しずつ増加していた T細胞が 690を超え,HRVも87.3となり,Hansonは今でも元気に TFTの活動を行っている.
アフリカのタンザニアでは,マラリアの治療にTFTが応用されている.マラリアによるストレスや本人がもともと抱える心理的トラウマに対して TFTを活用できるのだが,マラリアの症状そのものに対しても活用して,HRV(心拍変動)や血液検査により改善が見られている.
マラリアは,世界中で年間 3億人以上が感染し,その犠牲者は 200万人以上に達するという.悪寒や高熱,顔面紅潮,呼吸切迫,嘔吐,頭痛,筋肉痛などの症状があり,高熱が持続し,意識障害や腎不全を起こすタイプのものもある.
2004年,Science News の記事で,マラリアやデング熱などの蚊媒介性疾患は,体の電気的な現象だと生物学者の Racquelが発表したことが,TFTの応用につながった(Cowly, 2006).
1940年代のエール大学の教授 Barrは,生きる物すべてにエネルギーの極性があると提唱している.その生徒の Langmanが婦人科系の腫瘍がある患者とない患者それぞれ約 80名に対して電圧計で極性を測定してみると,腫瘍がある患者の90%以上がマイナスで,腫瘍のない健康な女性の90%以上がプラスであるという研究結果を報告した(Callahan & Callahan, 2000).
TFTの「心理的逆転」という概念は,体のエネルギーの極性が逆転している現象である.逆転を修正できる TFTなら,もしかしたらマラリアに有効ではないかと,TFTを行ってみたところ改善が見られたため,ボランティアチームによるアフリカ・プロジェクトが誕生した.
現地の医療スタッフや学校の先生に TFTを教授し,必要なときにいつでも対処できるよう指導した.全員に治療が行き渡らない上に薬の足りない地域であるので,一度覚えてもらえば自分でもできるテクニックはとても経済的で便利なツールとなる(Cowly, Hernandez & Milbank, 2006, Winter).支援は継続されており,血液検査の改善と平行して,表 1の通り,マラリアの血液検査で陽性と出た者について HRV(心拍変動)の改善結果が報告されている(Callahan, 2006).
米国の TFT協会は,ATFT基金を設立し,人道的支援のプログラムを継続的に行っている.アフリカ地域だけでなく,中南米や他の地域でも,村を襲った洪水や事件などニュースでは大きく取り上げられないような災害に対しても,現地でサポートできる人たちをアメリカに招待してトレーニングしたり,TFTセラピストを派遣したりして,なるべく多くの人が TFTを活用できるように支援している.
このように TFTの活動は多岐に亘っており,TFTが活用できる分野も地域もさらに広がっている.
人間の心はエネルギー(すなわち「気」)であり,人間の体を流れるエネルギー,体を覆うエネルギーは,私たちの心だけなく体の健康にも大きく関与している.
エネルギーに作用するセラピーは,古代中国から発展してきたいろいろな方法があるが,これほど手順をシンプル化して誰もが使えるように体系化できたのは,アメリカの科学と合理的な文化の中で育まれてきたからかもしれない.
現実に直結している臨床のためのセラピーとして発展してきた TFTは,今後,その可能性はもっと広がるだろう.副作用のないストレスケアとして,今後もより多くの人に活用していただき,一助になればと願う.
表1 TFT前後の心拍変動(SDNN)スコア
(N=7, マラリアの陽性反応が出た者のみ)
TFT前 / TFT後 / 差異
13.9 / 28.9 / 15
31.5 / 37.5 / 6
118 / 173.6 55.6
57.4 / 50 / -7.4
21 / 89.3 / 68.3
81 / 242.3 / 161.3
66.9 / 69.5 / 2.6
計 389.7 / 691.1 / 301.4
平均 55.7 / 98.7 / 43.0
(森川綾女著 Journal of Thought Field Therapy Vol.1 No.1 2009より)
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